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福岡地方裁判所 平成4年(わ)914号 判決

被告人

氏名

浦野善吉

生年月日

昭和一一年八月一五日

本籍

福岡県田川郡大任町大字今任原三五六一番地

住居

右同

職業

清掃業

検察官

富松茂大

弁護人

池田稔

主文

被告人を懲役四年六月及び罰金一億八〇〇〇万円に処する。右罰金を完納することができないときは、金二五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、本籍地で出生し、中学生のころから石炭運搬、農業手伝いなどに従事し、昭和四九年四月ころ、大任町からごみ収集の委託を受けて清掃業を営むようになり、他方、そのころから三井石炭鉱業株式会社が臨時石炭鉱害復旧法に基づいて施行してきた農地などの鉱害復旧工事に関連して、同会社から事業協力費などの名目で多額の現金の交付を受けてきたものであるが

第一  平成三年八月ころ、同年五月に三井石炭鉱業株式会社(代表取締役平賀哲陽)田川事務所長として磯田慎太郎(当時五二歳)が赴任してきたのを機に、挨拶料の名目で、同人から多額の現金の交付を受けようと考え、同年八月二七日午後二時ころ、福岡県田川市大字奈良一八五三番地所在の同事務所百円坂集会所において、右磯田及び同事務所長代理川村修(当時四八歳)と面談したが、磯田らに現金を出す意思がないことを察知し、同日午後四時ころから午後六時ころまでの間、同所において、右両名に対し、「俺は帰る。もう所長に協力せんでいいんだな。」「俺は世間話を聞きにきたんじゃないぞ。川村に言ったとおり、新所長としての挨拶料の返事を貰いに来た。導善の復旧も俺が協力したからできた。所長がその気なら今からでもやり直しさせることだってできるぞ。導善だけじゃない。全部やり直しさせるぞ。出す気がないなら出さんでいい。しかし、今後一切田川では復旧工事はさせんぞ。そうなれば所長、今の立場もこれからの将来もないぞ。そうなったら所長、俺が失うものは何もないが、おまえが失うものは大きいぞ。」、「被害者は、復旧するよりも、米を作りながら補償を貰い続けたほうが得になる。みんなにそれを言えば、同意書は絶対に取れんぞ。そうなれば三井は永久に補償金を払い続けないかんぞ。それでもいいんだな。」、「所長、三〇〇〇万円は俺が言い出した金額ぞ。所長の誠意はどう見せるんか。」、「俺は『八』の字が好きだ。」、「二〇〇〇万円は所長の誠意と分かったが、代理の誠意はないのか。代理の誠意として一〇〇〇万円乗せて六〇〇〇万円にしよう。」などと申し向けて、現金の交付を要求し、もしその要求に応じなければ、同事務所が施行する鉱害復旧工事などにいかなる妨害を加えるかもしれない態度を示して、同人らをその旨畏怖させ、よって、いずれも同市平松町一番六五号所在の同事務所において、右磯田から右川村を介し、同年九月三〇日に現金一〇〇〇万円の、平成四年四月三〇日に現金三〇〇〇万円の各交付を受けて、これを喝取し

第二  三井石炭鉱業株式会社から事業協力費等の名目で交付を受ける金員等について、自己の所得税を免れようと企て、同会社から密かに金員を取得し、架空人名義により貴金属を購入するなどの方法により所得を秘匿した上、

一  昭和六三年分の実際所得金額が二億三七六四万七一八〇円であったにもかかわらず、平成元年三月一四日、同県田川市新町一一番五五号所在の所轄田川税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の所得金額が二九三万三〇〇〇円で、これに対する所得税額が一六万一五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億三二八六万五六〇〇円と右申告税額との差額一億三二七〇万四一〇〇円を免れ

二  平成元年分の実際所得金額が三億九九八〇万三七六四円であったにもかかわらず、平成二年三月一三日、前記田川税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の所得金額が二一五万円で、これに対する所得税額が六万八九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億九五二四万五〇〇〇円と右申告税額との差額一億九五一七万六一〇〇円を免れ

三  平成二年分の実際所得金額が四億一九五五万八〇九円であったにもかかわらず、平成三年三月一五日、前記田川税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の所得金額が一九七万六八〇〇円で、これに対する所得税額が九万九八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億五三五万九五〇〇円と右申告税額との差額二億五二五万九七〇〇円を免れ

四  平成三年分の実際所得金額が二億五三四六万五八二七円で、これに対する所得税額が一億二二三五万七〇〇〇円であったにもかかわらず、所得税の申告期限である平成四年三月一六日までに、前記田川税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もって、不正の行為により、平成三年分の所得税一億二二三五万七〇〇〇円を免れ

たものである。

(証拠)(略号は検察官請求証拠番号の略である)

判示全部の事実について

1 被告人の公判供述

判示冒頭の事実について

1 被告人の検察官調書(検乙三七、検三五、三六号)、警察官調書(検三一、三二号)

2 資料入手報告書(検二、四号)

3 捜査報告書(検三号)

判示第一の事実について

1 被告人の

(1) 第一回公判調書中の供述部分

(2) 警察官調書(検三三、三四号)

2 磯田慎太郎(検九号)、川村修(検一二号)、石井安江(検二一号)、浦野幸美(検二四号)の検察官調書

3 磯田慎太郎(二通)、川村修(二通)、作間照夫、加藤芳郎、川島正行、石井安江(三通)、浦野清己、浦野利秋、政時喜久美、浦野ミツ子、弦巻哲郎、梶田邦夫、浦野幸美(二通)の警察官調書

4 被害届

5 写真撮影報告書

判示第二の事実全部について

1 被告人の検察官調書(検乙三七、三九ないし四一、四七ないし五二、五四、五六号)

2 太田正年、川村修(検甲七一、七二、七五、七七号)、磯田慎太郎(検甲七八号)、浦野実、香月禮子、井出平良治、浦野三七男、桝田栄、浦野正月(検甲一一六号)、鈴木隆、江藤博之、吉田秀文、浦野ミツ子(七通)、石井安江(検甲一三〇ないし一三二号)、浦野幸美(検甲一三三、一三四号)、浦野清己、浦野利秋(検甲一三六ないし一三八、一四〇、一四二ないし一四四号)の検察官調書

3 査察官調査書(検甲四四、四五、四八、五〇ないし五七、六二、六七号)

4 電話聴取書

判示第二の一、二、三の事実について

1 植村孝一の検察官調書

2 査察官調査書(検甲四九、五八、六〇号)

判示第二の一、二、四の事実について

1 査察官調査書(検甲四二号)

判示第二の一、三、四の事実について

1 査察官調査書(検甲六六号)

判示第二の一、二の事実について

1 岩本重和、赤尾繁喜、鈴木助之、鈴木藏之助(検甲九四号)、鈴木満、鈴木元動丸の検察官調書

2 査察官調査書(検甲四三、六三号)

判示第二の一の事実について

1 被告人の検察官調書(検乙三八、四二号)

2 冨田國忠の検察官調書

3 査察官調査書(検甲四六、四七、五九号)

4 脱税額計算書(検甲三七号)

5 昭和六三年分所得税確定申告書(平成四年押第二〇七号の1)

判示第二の二、三、四の事実について

1 川村修(検甲七六号)、浦野佐島(二通)、原學、浦野晃良、浦野勉の検察官調書

2 査察官調査書(検甲六五号)

判示第二の二、三の事実について

1 川村修の検察官調書(検甲七三号)

判示第二の二の事実について

1 被告人の検察官調書(検乙四三号)

1 浦野源一郎、鈴木藏之助(検甲九五号)、有吉靖子、鈴木重勝、山中政雄、松井照政、浦野正月(検甲一一七号)の検察官調書

3 脱税額計算書(検甲三八号)

4 平成元年分所得税確定申告書(平成四年押二〇七号の2)

判示第二の三、四の事実について

1 被告人の検察官調書(検乙四五号)

2 川村修(検甲七四号)、浦野三千雄、米丸之、浦野一二三、木村一生、松尾清治、多田晃、細田和裕、町田耕一、佐藤秀男、山田揚二、中野廣道、鈴木松雄の検察官調書

判示第二の三の事実について

1 被告人の検察官調書(検乙四四、五三、五五号)

2 長原敬二、飯田良隆、鈴木公夫、浦野利秋(検甲一三九号)の検察官調書

3 査察官調査書(検甲六一号)

4 脱税額計算書(検甲三九号)

5 平成二年分所得税確定申告書(平成四年押第二〇七号の3)

判示第二の四の事実について

1 被告人の検察官調書(検乙四六号)

2 田丸正一、浦野利秋(検甲一四一号)の検察官調書

3 脱税額計算書(検甲四一号)

(法令の適用)

罰条

判示第一 刑法二四九条

判示第二の各所為 所得税法二三八条一項(情状により同条二項)

刑種の選択

判示第二の各所為 いずれも懲役刑及び罰金刑(併科)

併合罪加重 (懲役刑)刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、(最も重い判示第一の罪の刑の法定の加重)

労役場留置 (罰金刑)四八条一項、四八条二項、刑法一八条

(量刑の理由)

本件は、判示のとおりの恐喝及び所得税法違反の事案であるが、三井石炭鉱業株式会社田川事務所の鉱害復旧推進業務と密接に関連する点において、共通の背景を持つ犯行である。

すなわち、三井石炭鉱業株式会社(以下「三井石炭」という。)においては、石炭採掘及びその関連業務によって生じた筑豊地区の石炭鉱害の被害者に対する賠償に関し、金銭賠償によるよりは、でき得る限り復旧工事による現状回復という方法で事後処理を推進する方針を有していたが、復旧工事による現状回復について主務官庁の認可を得るためには被害者の同意書を得ることが事実上不可欠であることから、同意書の獲得が業務の中核をなしていたところ、鉱害復旧の方法、補償の多寡等に対する被害者の思惑もあって右同意書の獲得は必ずしも容易ではなく、ここにいわゆる「鉱害屋」が暗躍する場面が生じ、被告人も、三井石炭の右のような業務促進の側面に付け込み、田川事務所関係者のその業務遂行に、ときに協力し、あるいは妨害をほのめかすなどして、長年にわたり様々な名目で金員を取得してきたものである。

本件恐喝の犯行は、三井石炭田川事務所との間で、右のような関係を継続してきた被告人が、新所長が容易に金を出しそうにないと見て取るや、同意書獲得を妨害されて鉱害復旧工事が遂行できなくなれば、同事務所の業務に重大な支障を来し、事務所長の職責が問われかねないという相手側の弱みにつけ込み、復旧計画に対する妨害を全面的に押し出して、激しく脅迫し、事務所長らを畏怖させたもので、動機、態様において、甚だ卑劣かつ悪質というべきである。

さらに、喝取した金員も四〇〇〇万円という高額なもので、喝取金は自宅の建築費、愛人の生活費、貴金属の購入など専ら私欲を満たすことに使われていることを併せ考えると、その刑責は重いというべきである。

次に、本件所得税法違反の犯行は、その取得の大部分が前記の経緯により三井石炭から様々な名目で引き出した金員であるところ、ほ脱税額は六億五五四八万円という個人の所得税ほ脱事犯の中でも類を見ないような巨額なものであり、その金額のみに照らしても誠実な納税者の納税意欲を失わせるものである。これに加えて、被告人は、自宅土地や邸宅など喝取金で購入あるいは建築した不動産の大部分を妻名義に登記したり、愛人など他人名義で貴金属を購入し、購入先である宝石店にも自己の名前が出ないよう指示したりするなど、手が込んでいるとまではいえないものの、所得を秘匿するため積極的な手段を講じており、自己の事業所得についても帳簿類は一切備えていなかったばかりか、右事業所得についても過少申告するよう息子に指示するなど納税意欲は全くみられず、その犯行態様も悪質であり、これらの点に鑑みると本件所得税ほ脱の刑責もまた重大であるといわざるを得ない。

他方、被告人は、本件犯行後、捜査官の取調べに対して素直に事実関係を認め、当公判廷においても家族など周囲に被告人を増長させる人的環境があったこと、本件恐喝にかかる金員の被害弁償がなされていること、所得税ほ脱については、追徴のため被告人の資産のほとんどが国税庁に差し押えられ、また一応追徴金の納付意欲も見受けられること、被告人の年齢など被告人にとって有利な事情も認められるのでこれらを総合考慮して、主文のとおり刑の量定をした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仲家暢彦 裁判官 洞鷄敏夫 裁判官 足立正佳)

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